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情報過多症候群

映画が大豊作でたまりません。
気がつけば前の更新から半月ほどたっていたこともたまりません。 ----------------
 食卓に並べられた、色とりどりの料理が乗っていた皿たちを前にして、ピーターは深いため息を吐いた。青果実のスープは底が見えているし、紫ガニの包み焼きはホイルだけが取り残されている。黒と白の焼き飯にはこんがりと焼かれた鴨の細切れ肉が混じっていた痕跡を見つめグウと腹が鳴る。食べられそうなものは黄色いホウレンソウのサラダの残りくらいだった。
「ピーター、また食いっぱぐれたのか」
 隣に座った年長のカールが困ったように笑い、そのまま自分の取り皿に残っている焼き飯をかき込んだ。顎を動かしてゴクンと嚥下する。立派な喉仏が上下する様に、今度はピーターの喉がゴクンと鳴る番だった。
「今日は遅かったんだねピーター! でも、ごめんね? ボクこんなにお腹空いちゃって……」
 大皿に残っていた黒粉スパゲティの残りをフォークに絡ませ自分の皿に移しながら、申し訳なさそうに眉を下げるのはさきほどピーターの上に乗っていたスミーだ。太いスパゲッティをツルツルを口の中に吸い込み、とても美味しそうに頬張っている。
「……いただきます」
 ピーターは両手を合わせ、食卓になんとか残っているサラダへと手を伸ばす。トングを手にして黄色のホウレンソウを掴んだところで、そのホウレンソウがもぞりと動いた。
「あ、すみませんが遠慮してもらえますか?」という声がホウレンソウの下から飛び出した。のれんをくぐるように黄色のホウレンソウをかき分けて出てきたのは、シャツにスラックス姿のちいさなネズミ。
「メンソン……そんなところにいるとママに怒られるよ?」
 ネズミの姿をみとめたピーターは盛っていたトングを放して肩を落とした。対してサスペンダーの位置を直しながら、メンソンと呼ばれたネズミは顎をあげてピーターを見つめる。
「私は食事の中にいてこそ食事をしているという気分になるのです。すなわちそれ以外の格好では食事をしているという気分が得られません。つまり私の席は――」メンソンの指が黄色いホウレンソウを指差す。「――ここなのです。私は自分の席に座って食事をしているに過ぎず、タイガー・ママに叱咤されるということはあり得な一体君はなにをするんだい!?」
「さっさと食わないアンタが悪いのよ!」
 残りのホウレンソウをすべて掻っ攫っていく幼い少女。リリーはあんぐりと開いた口に、まるでメンソンに見せ付けるようにゆっくりとホウレンソウを入れていった。
「ななななんてことを!? 人の食事を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえということ格言を知らないのですか?!」
「I na rasisonan' nsositawa !」 
「この家では共通言語を話す規則でしょう! 一体なにを言っているのですか貴方は!!」
「I ansi !!」
「この小娘がー!!」
 地団駄を踏みながら憤慨した様子のメンソンはリリーを睨みつけて、さらには殴ろうとジャンプまでしている。しかし身長が十センチほどしかないメンソンの手が届くはずもなく、幼女にからかわれる紳士的な風貌のネズミ、というシュールが絵面が食卓で展開されていた。
 ふたりのやりとりを見ながら、ピーターが食欲を失っていくのを感じていると、突然目の前に白いスープ皿が差し出された。
「クリームシチューくらいなら食べられるでしょう?」
 そう言ってコトリと目の前に置かれたシチューにピーターの表情が明るくなった。湯気を立ち上らせるほどの温かさ。乳白色の液体の中にはオレンジや薄い黄色をした野菜が入っていて、下ごしらえに一度火を通したのか、僅かに焼き色のついた鶏肉が入っている。
「美味しそう!」
「リトル・ウェンディが作ってきてくれたのよ」
 そう言ってタイガー・ママが置くのキッチンを示す。薄いカーテンの隙間から、金色の髪をした気の弱そうな女性がこちらを覗いていた。
 ピーターは彼女の気遣いに微笑みを浮かべ、軽く会釈をする。カーテンの向こうでも慌てて頭を下げる様子が見えた。
「ありがとうって言っておいて。貴女の手料理は本当に素晴らしいって」
「もちろんよ」
 ウインクをひとつ。タイガー・ママは軽くピーターの肩を撫でるとそのままキッチンへと戻っていった。優しいふたりの女性に心から感謝を示しつつ、ピーターはスプーンを手にとる。
「いただきます」
 優しげな色合いのシチューを口に含めば、ふんわりとミルクが香った。温かなそれといい匂いにピーターはたまらず、無言でスプーンを自らの口と皿へと往復させる。隣で見ていたカールが「かっ込みすぎだ」と苦笑を零した。
 腹にしみるクリームシチューに頬が緩む。たちまち体力が回復したような錯覚と、リトル・ウェンディの優しさまで体に沁みこんで来るようで、ピーターは心の中で彼女を拝んでおいた。
「美味しいなあ……」
 幸せの絶頂とはこのことか、とピーターが感慨深くシチューの感想を口にする。その目の前では薄い四枚の羽を震わせて、黒のタートルネックに簡素な防具を身につけたちいさな男が降り立った。
「よかったな、ゲス。ロードワーク開始の時間とっくにすぎてんぞ、タコ。いまから5分以内に門にこないとタイガー・リリーがお前の部屋を掃除するタイミングを見計らってお前のベットの下にエロ本を隠す。3、2、1」
「ご馳走様でした!!!」
 心地よい気分は小さな妖精のおかげで木っ端微塵に粉砕された。食卓に降り立ったアルマの声に、ピーターは皿に残ったシチューの残りをかき込みグラスの水を飲み干すと、一目散に食堂を駆け出していった。
  廊下から聞こえる鈍い音とちいさな悲鳴に苦笑いを零すと、カールはアルマに視線を移しにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。
「相変わらずの鬼教官だな」
「その口を縫い付けられたくなければ黙れクソ狼。テメエが絶滅危惧種でなければ俺様が猟銃で打ちぬいてその皮をリビングにかざってやるのに」
「怖えー怖えー」大仰に肩を竦めてみせるカール。「まあ、お前くらいのがピーターには丁度いんじゃないか。次世代を担う若き少年には、厳しくしなきゃあな」
 アルマは不機嫌そうに腕を組んで見上げる。
「厳しくなんてしちゃいねえよ。俺様の好きなようにやってるだけだ」
 ふんと鼻を鳴らしたアルマはカールの笑みをひと睨みしてから羽を広げた。そのまま屋根についた小窓から外へと飛び出していく。「さっさとしろボケ!」という罵声にはどこか遠くで悲鳴のような返事。カールはそれに声を上げて笑った。
「楽しみだなあ。せっかくだから満月も昇ればいいのに」
 食卓の上ではまだ幼女とネズミが言い争いをし、太った男は床に転がって寝息をたてている。
 二階からどたどたと響く足音を聞きながら、カールは楽しそうに笑みを浮かべていた。

*****
Title of "Cream stew."
To be continude...?

リリーの言葉はやり方があります。

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