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隙間


そろそろ書かないと死ぬので、友達に2つほどキーワードをもらって書いてみたものをここに。

いただいたのは、
・「どうしてこうなった」
・「一番星」
プラスで、これは童話パロシリーズ(?)の隙間の話、というキーワードを付加していたりします。

では、おやすみなさい。


*****


「どうしてこうなった?」
 男はそう言って開いていた本を閉じた。とても分厚い本で、ページが閉じられた途端、うすくヴェールのようにそこにあった埃が宙に飛んだ。
 なにを怒っているのかと顔を上げればなんのことはない、いつもの癇癪だ。その証拠に男の目はすべて真黒に染まっている。
 私は視線を落として花の水遣りに戻った。水滴が花弁に落ちると分裂して輝かしい光を放ちながら光の粒子へと変わる。キラキラと音がしそうなそれを撒き散らしながら鉢を移動すると、赤、黄色、紫など色とりどりの花達が歓喜に揺れた。
「まだ星が出ていない!」
 また始まった、と思いながら私は水遣りを続ける。
「一番星!!!!」
「…………」
「一番星だ!!! そうだ、何故星が出ていない?!!」
 男は黒い眼球で空を見上げる。否、睨み付けるといったほうがいいか、とにかく男は顔を上に向けた。途端に部屋からは屋根も壁も、備え付けられていた家具も消え、そこは部屋のなかではなく庭となっていた。
「何故こんなにも青い!?」
 知るか。
 胸中で毒を吐いておく。庭にはさっきまで男が座っていた椅子ではなくガーデニングチェアが2脚と、部屋のなかにあったテーブルがそのまま置かれていた。
 男は憤慨したように両腕を高々と掲げて叫ぶ。
「何故こんなにも青い!?」
 爽やかな青空に男は大層立腹しているようだ。悲しいかなその怒りを私は理解することができないが。
「アンヌ」
 名前を呼ばれた。返事をしなければ消し炭にされてしまう。
「如何されましたかミスター」
「太陽を打ち落とせ」
「無理を仰らないでください」
「では私がやろう」
「気狂いも程ほどにしてください。太陽を打ち落としたら世界中の生き物が困ります」
「では世界中の生き物を死に物にしてしまえば解決だ」
「アンタは鬼か」
 それとも神か。
 ツッコミはほどほどに、私は男にならって空を見上げた。清々しい青空が広く遠くどこまでも伸びている。
 清閑。
「一番星が見たければ月を隠せばよろしいでしょう。ちょうど今夜はフィフの宵。きっと星々は月の輝きを持ってその姿を纏うはずですから、一番星もすぐに見つけられます」
 雲ひとつない青空は、占いではあと3日は続くと出ていた。ならば今夜まで待ってもなんの問題もないだろう。
「…………」
「如何でしょうか、ミスター?」
 顔を戻して男を見ると、男はこちらをきょとんとした目で見つめていた。無精ひげが無様に伸びている。ぼさぼさの頭のしたで、透き通るような翡翠色の目が私を捉えている。
「一体なんの話をしているんだい?」
 男はそう言って手を振った。すると空は消えさり、途端に庭は室内へと姿を戻す。
「ああ、なんだか喉が渇いた。紅茶をもう一杯もらえるかな?」
「畏まりました」
 男はチェアに腰掛けるとさっき閉じた本を手にした。分厚いそれを開いて、骨ばった指でページをめくる。
 テーブルの上にあるカップやポットをトレイに置きながらちらりと男の様子を窺うと、翡翠色の目が僅かに淀んでいた。
「では、少々お時間がかかりますので、しばらくお待ちください」
 そう言って軽く膝を折って見せるも、男は微動だにしない。ただ、分厚い本へと向けられたその目はやはり淀んでいる。
 そうして部屋を出た途端に聞こえてきた「アンヌ!!」と私を呼ぶ怒号。続く台詞は予想と変わらず、「一番星!!!」だ。
 どうしてこうなった、と私は心の中でため息をつく。
 そもそも私の名前は、アンヌでもない。


fin

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