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階段。空気洗浄機。神話。

 長く長い螺旋階段を下る。エレベーターを設置しろと散々言ったはずなのに、300年経ってもいまだに階段オンリーだ。
 私の仕事は定期的に(または不定期的にも)地下にある空気清浄機を動かすことだ。車などの移動手段が増えてこの世界の空気はひどく汚れてしまった。この国のとある有名は博士は、国の中心にでっかい空気清浄機を置いて国中の空気を綺麗にしようと、とてつもなく大きな空気清浄機を発明した。
 空気清浄機を動かすにはとてつもなく大きな力が必要で、電気なんてちっぽけなものでは到底間に合わない。だから私が選ばれた。空気清浄機を動かして、国中の空気を綺麗にするために。
「――とはいっても、隣の工業大国のせいであんまり成功しているようには思えないんだけどな」
 独り言は無表情な壁に反響して下へ下へ、上へ上へと響いていく。
 手にした聖書はブレン・タン識新書というもので、世界中にあるいくつもの聖書のなかでもとくに戦歴聖書と呼ばれている。
「moii」
 キーを唱えると、ぼんやりとした光が集まってくる。目を凝らせば、その光は透明な糸で繋がっていることが空気の揺れでわかる。
 光はそれだけでひとつの”なにか”だ。”なにか”は生き物で、知能を持っている。それ以外は何一つ解明されていない”なにか”。
 それは私たちのすぐ傍にいて、私たちを助けてくれる存在だ。理由は知らないし、どうでもいい。ただ、使えるものは使うのが人間だ。
「しかし、相変わらず遠い……」
 口から出たぼやきは、螺旋階段の下へ下へ、上へ上へと響いていく。空気清浄機の設置されている場所は、いくだけでブーツが磨り減りそうなところだ。長い長い螺旋階段を、一段一段下りていく。我ながら律儀なほどだと思う。
「前にきたのが一ヶ月ほど前だっけ。今回は随分空いたね」
 そう話しかければ、光は応えるようにゆらりと揺れた。
「車が多くなったって? そうだね、最近は右を向いても左を向いても車ばっかり」
 排出される排気ガスは道を、街を、国を灰色に染めていく。
 戦神曰く、『灰色は黒となりて世界を闇色へと誘う』らしい、『人の心は闇を纏い、妬み、憎しみ、怒りを産むだろう』とは戦紳の言葉だ。この言葉のせいで、一時期は「黒狩り」というばかばかしい色差別が行われた。黒い服、黒い建物、黒いインク、黒い肌。だから、戦いの神が褐色の肌だという歴史的事実は、その段階で改竄された。いまでは彼は白い肌の美男子として描かれている。
「出世したもんだねえ」
 カツカツ、コツコツ。そんな華奢でカッコイイ音はしないけれど、下へ下へと降りていく。
「この本も、彼のことはかっこよく書きすぎだよね」
 光は同意するようにふらふらと揺れる。
 長い長い階段。最初はもっと浅いところにあったはずなのに、いつのまにかどんどん下降している。まるで地下の奥深くへと閉じ込めるような。
「しかし、現代の科学者は本当に馬鹿だよねえ」
 旧い機械の場所を移すよりも、新しいモノを発明したほうが効果的だろうに。それともそれすら考え付かないほどに馬鹿なのだろうか。
「なんにせよ、科学者なんかじゃない私は、この仕事をするだけだね」
 とん、と足を下ろせば薄く積もった埃が舞う。最下層。ただ空気清浄機だけがウンウンと唸っている。
 ひどく、大音量で。
「さすがに、もう、これだけは勘弁して欲しいね」
 耳を塞いでも塞ぎきれない。金属の臭いは我慢できるけれど、この音にはウンザリする。
「moii,moiir,moir」
 呼べばそこら中から光が溢れてくる。厳密にいえば歩いてるそうだが、視認できることなどない。ただ複数の光るなにかがふよふよとこちらへと集まってくるのだ。
「いつもごめんなさい」
 謝罪は、軽く。そして深く。光はどんどんと私のもとにあつまり、部屋の全景を照らし出す――とはいっても、たったいま降りてきたばかりの螺旋階段と大きな空気清浄機の起動装置があるだけだ。
 空気清浄機に近づき、足元に聖書を置く。扉の取ってを握って、重いそれを力いっぱい引き開ける。
「よ……っとお」
 ギギギと音を立てて扉が開く、昔はここに薪などの発火物を投げ入れて火力で動かしていたらしいが、いまは違う。
 これを扱っているのは、私だけだ。もう何年も。何十年も。何百年も。
 それが、私が生かされている理由。
 がらんどうの装置をのぞいて、中に余分なものがないことを確かめる。振り返って光溢れる室内を見渡せば、もうなにも見えないくらい真っ白になっていた。
 つま先に当たる聖書を拾い上げる。
 戦いの神について書かれた、歴史書に近い聖書。私にとっては、昔の日記のようなそれ。
 いまでは、仕事道具でもあるその本をゆっくりと開く。開くページは決まっているので、迷うこともない。
「fect noon leloor moii noon fest」
 私がその言葉を放つと、聖書から強風が立ち上る。ページが狂ったようにめくれ、私の前髪と後ろ髪をさらっていく。
 そして、室内の光が一気に収束して聖書の中へと吸い込まれていく。どんどんどんどん室内の明かりが減って、室内の様子が見えてくる。複数の光で作られる”なにか”が聖書の中へと吸い込まれていき、最後に残ったのは輝きを放つ聖書と、私と、ウンウン唸る空気清浄機の機械だ。
 カバーを掴んで軽くふると、ページの間からゴトリとなにかが床に落ちる。電球のように輝きを放つそれを背後の空気清浄機に放り込んで、扉を閉めれば、おしまい。
 たくさんの”なにか”を機動力に、今日も空気清浄機は元気に運転を再開した。
「聖書は、人の命の尊さと説いているというのに、人ではない”なにか”の命はどうでもいいのかな。ねえ、どう思うの戦いの神様?」
 輝きを失った聖書に話しかけても、声は空気清浄機の駆動音に掻き消されてしまう。
 私はおもしろくないので、かわりにため息をひとつ吐いて「moii」と口にしすれば、またひとつ”なにか”はやってきた。
「さ、帰ろうっと。ここに来るだけで疲れちゃう」
 ”なにか”はそっと私の足元を照らすように付いてくる。螺旋階段を転ばないように、と気を使ってくれているのかもしれない。
『神…な――の――女を――』
 空気清浄機の呻きに混ざってなにかが聞こえる。でもそんなのはいつものことで、聖書がある限り、私は生かれている。それをこの”なにか”はどう思っているのだろう、とは口にしない。
 そんなことをしたら、私が聖書のワンシーンに閉じ込められてしまいそうだ。文字の中の人間には、まだなりたくない。
 階段を上へ上へと上っていく。埃についた私自身の足跡を辿るように。
 闇に捕らわれないように、”なにか”を頼りに。


end
****

そろそろSSでも書かないと死にそうだったので、友達にキーワードを3つもらい無理やり書いてみました。
スカイプ、メッセ、ツイッターとコミュニケーションツールを開きっぱなしだともう時間の使い方とかわかりません。
そもそも昼間に活動できない僕が悪いのですが。

ではおやすみなさい。


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