品数が増えた。 姉と映画『容疑者Xの献身』を見る。姉曰わく「映画として駄目すぎる!!」と憤パンものらしいですが、僕としては堤真一さんと松雪泰子さんが出ているだけで映画館で見た価値はあると思う。ちなみに他はどこが良かったかと訊かれたらフリーズするので質問はご遠慮願います。関係ないけど「料理」カテゴリーが増えるかも。作り方とか覚えてられねーorzでも今日の牛すじは美味く出来たようでなにより。現実もネットも、風邪が流行ってて大変ですね。僕はどちらも大丈夫です。 [0回]PR
五月病?いいえ、中二病です。 自分の存在を認識するのは自分でしかない。 けれど、自分の存在を肯定してくれるのは他人でしかない。 人は独りでは生きられないのだ。自分がいて、誰かがいて、そしてやっと世界が創られる。 ――そうだ。 私は自分の存在を肯定して欲しかった。のだろう。たぶん。否、きっと。 ――そうだ。 けれど、それはいつしか変化し、私は自分の存在だけでなく、自分のすべてを肯定して欲しいと思うようになっていたのだろう。 独りは嫌だから。 嫌な思いはもうしたくなかった。たとえそれがどんなことでも。 ――そうだ。 けれど、それは皆だってそうだと思う。 誰だって嫌な思いをするのは嫌だ。怖いと思うはずだ。私がそうだったように。 だから、創ったのだ。 ――そうだ、そうなんだ。 私は、世界を、創ったのだ。 私だけの、世界を。 ………っ………。 涙が溢れた。 とめどなく瞳から落ちて私の頬を濡らしては鬱陶しい思いをさせてくれる。大声を張り上げて喉が痛くなる。しゃくりあげるせいで呼吸がままならない。鬱陶しい。疲れる。鬱陶しい。「――思い出したか、アリス」 三月兎が私を見下ろしていた。 滲む視界を覆う涙を拭い退けて彼の顔を見ようとしても、何故か涙は後から後から溢れてくる。両手を使ってなんとか開けた視界の隙間で、褐色の三月兎はいつものにやにやとした嫌な笑みを消して私を見下ろしている。濁った目が混沌と深淵をない交ぜにして更に汚濁したような黒を称えていた。「――思い出したか、アリス」 同口同音の言葉が紡がれる。三月兎の顔はまた見えなくなってしまった。 ああそれにしても困った。このまま泣き続ければせっかくのティータイムが台無しになってしまう。なんとかして小さくならなければ、あの白いウサギが流れてしまうだろう。それはいけないことだ。それにしてもどうしてそれがいいけないんだろう? そもそも何故小さくなる必要があるんだろう? 私がどれだけ泣いたところで白いウサギが流れてしまうことなどないのに。そんなのは童話のなかの世界であって、私が泣いたところで誰かが困ることなどないだろう。どうせ誰もいないんだ。どうせ誰も。私如きが泣いたからって世界が困ることなど微塵もない。「……どうしますか」 ジャックの呆れたような声が聞こえた。 ああ、お願い、すぐに泣き止みます。泣き止むからそんな声はやめて。諦めたような声は出さないで向けないで。すぐに泣き止みます。ごめんなさい、だから。「アリスを泣かせたのは貴方なのですから――、っ……三月兎?」 驚愕に息を呑むジャックの声が聞こえた。なにをそんなに驚くことがあるのだろう。嫌だ私も見たい。私だけ仲間はずれは嫌だ。誰かこの流れる水をなんとかして。見ていないと。見ていないと、また置いていかれてしまう。「――思い出したか、アリス」 まるで感情のないような三月兎の声が心地良い。うん、それがいい。感情などなければ怒ることもないのだから。 しかし、私は彼が言う言葉を理解できない。ぐるぐると余計な思考ばかりが頭を巡る。嫌だ嫌だと泣く。でもケーキは美味しい。叔父さんは優しかった。明日はドライブに行くんだ。蟻の行列は兵隊さんみたいだった。母さんの優しい香りが大好き。殴られても大好き。大きな背中の隣に並ぶのが夢だった。泣きたくて泣きたくて死にたくてたまらない。いいお天気が嬉しい。優しい手に撫でられるのが好き。最低最悪の気分を味わった。アイスクリームならスチョコレートよりトロベリーが好きだ。みんな好き。みんな嫌い。眠たくなってベットに入る前の口惜しさにため息を吐きたくなる。髪を結ぶのは母さんの柔らかな手つきだった。どうして誰も私の味方をしてくれないの。どうして私ばっかりなの。早く会いたかった。父さんの似顔絵を描くつもりなの。涙が鬱陶しい。なにも思い出したくないのに次々と浮かんでくる。ウサギは好き。豚に似た婦人は好き。帽子屋は自業自得。チェシャ猫は少し怖い。芋虫は嫌い。卵は好き。お店の店員は顔も知らない。蛇は好き。カエルも好き。羊は覚えてない。鳥はまともなら好き。キリギリスはあんまり。魚は好きじゃない。トランプはまあまあ。女王は友達。姫も友達。盗人は嫌いじゃない。アリスは……私、は……。 思い出したくない。 思い出したくない。 思い出したくない。なのに三月兎は意地悪をする。「アリス」 三月兎が私の名前を呼ぶ。 私はしゃくりあげるのと涙を拭うのに精一杯で返事をすることができない。「……どうします?」「仕方ない、無理やり連れて行く。ああ、それからお前。二度と俺の名を呼ぶな」「――私としたことが、先ほどは失礼致しました。泥兎」「それでいい」 ジャックと三月兎のやりとりの意味がわからない。名前くらい好きに呼ばせてあげればいいのに、三月兎も心が狭いと思う。「?!」 突然の浮遊感に体を竦ませる。すぐに背中と膝裏に回された手の感触に抱きかかえられたことを知る。「おいアホウ鳥。乗っけていけ」「言われずとも」 応える声は、あの怪鳥のもの。「飛べるか? 右の奴、首がブラブラしてるぜ?」「右の頭は消化不良を起こしたらしい。安全性を考えなければ飛べないこともない」「この際仕方が無いのではありませんか? 世界の果てまでは空を飛ぶか空を歩くしかないでしょう」「もしくは、海を歩くか」「私には不可能です」「俺にだって出来やしねえ。だからこのアホウ鳥がいるんだろうが」「使えませんね」「テメェよりマシだ」「ごちゃごちゃ言い合っている暇があるならさっさと乗ってくれないか?」 言い合いを止める声の後にはふわふわとした感触が体を包み込む。優しい香りが、温かな人肌が、どこかなつかしさを思い出させる。 ぐらりとした感覚にも支える二本の腕があったから怖くなかった。縦横無尽に動くエレベーターに乗っているような感覚の中、確りと支えてくる腕を感じ私は思い出す。そうだ、私が求めているものはこれなんだ、と。 温かく、確りと力強く、私の存在を、私の全てを肯定してくれる。 いまだ晴れない視界の中で、私は実感した。 これこそが私の求めていたもの。 見返りを求めない、無条件の愛。Title of "Unconditional love"To be continude...?*****いいカンジに中二病ってます。爪を切りたいときに限って家に爪切りがないという巧妙な罠。そろそろ手を握ると爪が食いこむし、いつ折れるか気が気じゃないのですが。うーん、ネイルでもすりゃいいんだろうが、見せるトコもないし、そこまでの持久力もネイルもないし、なによりキーボードが打ち辛いという。いい加減買ってくるかぁ・・・100均にあったよなぁ。彼氏さんのことを考えると、なんだか無性に申し訳ない気分になります。翼です。晩ご飯を作り始めて3日目。自主的に夕飯を作り始めると、だんだん作るのが楽しくなってきます。というかそもそも後片付けが嫌いだから料理しなかったんだよなぁ。しないからできないんだけども。でも好きなおかずを作れるのはいい(´ω`*)今日は母さんが「今日遅くなるから晩ご飯よろしくね♪」とメールをくれたので、「材料費は?」と聞いたら「出るよ」と言ってくれたので、意気揚揚とパエリアとカシューナッツ炒めの材料を買ってきました。合計で3000円近い。買いすぎた気がする・・・orzでも考えたら家族で外食するより安いんですよねぇ。基本的にウチの家庭はほとんどの人が晩ご飯を食べるか食べないかわからないので、結局経済的なのかどうかはわからないけども。しかしネットは便利だなぁ。そのうちシュークリーム作りたいシュークリーム。あ、バター買ってこなきゃだ。ではではもう朝だけどおやすみなさい。モノマネで有名な栗田貫一さんは、その昔田村正和さんにスリッパでおいかけられたことがあるそうです。それからニンニクは凍らせると皮が剥き易く、エビは第二間接の背中から殻をひっぱるとするっと剥けるそう。あと玉葱は冷やしておくと切るときに目が痛くならないそうです。全部テレビで言ってた。それじゃ、今度こそおやすみなさい。 [0回]
人生は一度きり アリスおつかれ*****「人生一度きりなんだから、なんでも好きなことをやったほうがいい」というようなことを聞くと、「じゃあせっかくだし人を殺すとかやってみたらいいのかな」と非常にひねくれたことを思います。でもすぐに思い直す。そもそも人を殺してはいけないのは、人が人を殺しちゃうと色んな人が誰かを殺し初めて、最終的に生き残った殺人鬼がひとりぼっちになっちゃうから。そうするとその人は心細くて寂しくて、泣いてしまうと思うのです。だから、人を殺すのはいけないのです。……なーんていうのも「どうして人を殺しちゃいけないの?」の返答にならないだろうか。だれだって一人は好きでも独りは嫌いなはずだし。まあ、人を殺しちゃいけないってのには、色々理由があるからなぁ。ルールだからとか、人殺しを許容しちゃうと最終的に誰もいなくなるからだとか。暴論だけど。家に爪切りが常備されていないのは何故なんだろう。やたらと爪がのびすぎてそろそろキーボードが打ちにくいです。翼です。ここのところニート一直線のなか、姉に「バイトも何もしてへんしお父さんもお母さんも心配してたで。働いてないんにゃったら家事でもすれば?」みたいなことを言われたので、とりあえず居間の片づけと皿洗い、夕飯作りから始めています。一昨日はギョーザ、昨日は冷やし中華という簡単なところから。そのうち煮物とか作れるようになるといいな。いわゆる花嫁修業です。むしろ自立修業です。一人暮らししたい。昨日のバイトでお客さんに保険会社の方がいらっしゃいました。入社希望者の面接をしているという方かと就活について話したら、ちょっと面白いお話をきかせてもたい、ちょっと就活がんばろうって思えた。「人生一回きりなんだし、一度でいいから好きなことに全力で取り組め。当たって砕けろって気分でやりなさい」みたいな感じのことを聞いた。その方は営業の方で、お話を聞いてると営業の魅力がすごい伝わってくる。(会社の方向ってのもあるだろうけど)営業が面白そうだなんて思ったの初めてだ。営業ってのは自分の頑張りが相対的に出る職種らしいです。そのうえ色んな人と関わるから色んなお話が聞けたり、とくに経験は絶対に無駄にならないそうです。そういう考えもあるんだ、と思って感動した。そんな今日。あーそうだ!電脳天使読み終えました!(amazon中古しかなかった!)なんかもう、なんだろ。うん、物語の結末って本来はああいうものなんだろうなぁって感じ。終わってないのです。物語が。物語そのものだった事件は終わったけど、彼らの物語は、そもそも時間というものは、終わらずに進んでいくのです。変化しながら。しかしなにがすごいって、久しぶりに「読み終えるのがもったいない!なんかヤ!」って話に出会ったこと。あとたった十数ページを残して布団に入るなんていつぶりだろう。もしかして初めてだったりして。中学のころに友達が言っていたけれど、「読み終わるのがもったいない」っていうのをやっと理解した。当時がさっさと読み終えて次の話を読みたいとか、そもそも残りページを陥落するのが快感だったけど。いやあしかし、うん、とてもいい本に出会えた。猫の地球儀に続くお気に入りベストです。彩院忍さん、「電脳天使」。どこかで見かけたらぜひぜひ。さあて、ではおやすみなさい。 [0回]
夢≠目標 アリスおやすみいつまでつづく*****2次元になりたい。翼です。……そろそろ人としてヤバいとこまで堕ちてきたなと思う今日このごろ。というかすーごいヒキコモリたい。というか誰かに飼われt(ryニートへの道の始まりですね。なんとかしなければ。成功した人って例外なく行動的で能動的な気がする。成功したいわけじゃないけど、なんて口が裂けてもいえないけど、別に成功しなくてもいいとは思う。でも行動的で能動的なのは、「じゃあ明日からちゃんと能動的で積極的で行動的に動こう!」なんてことができない自分にはそうとう羨ましい。まあ、しないだけなんですけどね。だから絶対出来ないという。≠は=に近いと思う。そういえば電脳天使がついに最終巻の4巻に入りました。読んでてツラかった3巻はでも笑いながら読んだ。昔の話は正攻法で攻めてくるが故に、先が読めしまっても非常に楽しめる。むしろ先が読めるだけにいま読んでるところが引き立ったりした。秋山さんもそうだなぁ。あの人の場合は幸福が日常的すぎるからこそ、シリアス面での悲しさがほんとに半端ない。まあとにかく楽しみながら読み終えます。読み終わったらされ竜新刊を買う。12人の中学生は停滞している、が、まあ、あれは……うん、いいや。時間のあるときに。さて明日は学校! [0回]
人の骨を見てぞっとする理由 アリストップ*****最近僕がよくよく感じる「嫌な予感」はイコールで「唇がピピリする(かゆい)」というものです。というわけでまたか畜生orzやはり診療所で貰った薬を紛失してました。探さねば。乾燥如きに易々とくじける自分の唇が恨めしい。翼です。昨日今日と親戚が亡くなられたのでお通夜とお葬式に行ってきました。昼まで寝てさあ風呂に入ろうかとしたところで突然の訃報にびっくりしました。姉さんなんかは、姉さんの勤めている会社へ父さんが訃報の連絡をした際、上司の方に「身内の方に不孝があったみたいなので連絡してきなさい」と言われ、僕か母さんか誰かに何かあったのかと泣いてしまったようです。(むしろ姉さんにも何もなくてよかった。)そんなこんなでお葬式。お通夜もお葬式も、諸事情により身内とお友達数人という少人数の参列者でした。こういうのに出るのはたしか父方の祖父に続いて2度目。かな、多分。(誰かのご葬儀にも参列させてもらった気がするけど、哀しいことに誰か覚えてないや。僕の妄想かも)無くなったのは母方の親戚の方で、僕は覚えていないのですが、姉さんは一緒に母方の実家へ帰省したときに遊んでもらったのを覚えていたそうです。何度もご焼香しました。お坊さんのお話も通夜とご葬儀と二回聞いたし、献花もした。納骨もさせてもらいました。お経も読んだ。始終僕が感じていたことは、死んだ身内の方に対する悲しみではなかったです。なくはなかったけど。ただ純粋に、「ああ人が死ぬのって悲しいな」ってそういう至極当然で当たり前のことというか。今更考えるまでもないほど今更なこと。亡くなられた親戚の人の方のために涙を流すご家族や親せき、ご友人を見ていると、本当に純粋にそう思った。だから悲しくなった。お坊さんも言ってたけど、人はいつでも死ぬんですよね。姉さんが言ってたけど、人は絶対に死ぬけどそれは決して良いことじゃない。人の死については誰が悪いということは絶対にない。死ぬほど悪いことなど、この世にはないそうです。他にも、浄土宗には回向(えこう)という考え方があるそうです。たとえば良い行いをすれば、された人が別の人にまた良い行いをして、次のされた人がまた別の人に……というように、善行は巡り巡っていく。とかなんかそんな感じだったような…(ちと違う気もする…説明する力なくてすみませんorz)そんでもって、こんなお話も聞きました。人は死ぬと四十九日をかけて四千里を歩くらしいです。しかも七日毎に裁判が行われ、生前の行いを問われる(食べた生き物に感謝を示したか、盗みをしてないか、嘘をついてないか、とかとか)そうで。その裁判の結果によって死後、六道(天界道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)のどこに行くかが決められるとか。しかし裁判と言えば人もいますが、被告人を弁護する人もいますよね?それが僕達私達のような、亡くなった人と関わりのある人だとか。心をこめてお経を読み、亡くなった人がどれだけ愛されていたか、大切に想われていたかを伝え、少しでも生前の罪を軽くしてもらうそうです。それから、四十九日をかけて四千里を回るとき、その人のご飯というか活力になるのはお線香の煙なのだそうです。だからできるだけ絶やさないようにしてあげるのがいいのだとか。(ないとお腹減って喉が渇いて、悪さを働いてしまうことがあるらしい。人間味あるよなぁ…)それにしても、四十九日をかけて四千里を歩くなんてすげえ苦行ですね。歩き慣れてる人ならいいけど、母を訪ねて歩いたマルコより長い距離なんて、僕ならきっと…………歩きそうだな。それしかやることなさそうだし。まあ、そんなこんななお話を聞かせて頂いてとてもためになりました。「南無阿弥陀部」を十回唱えるやつとかね。(じっぽう…だっけな?感じが思い出せないorz)九回目だけ「南無阿弥陀仏」と唱えるのだとか。そんな。イロイロなお話を聞かせていただきました。和尚さんありがとうございました。そう言えば、お葬式や人の死に触れるたびに思うのは「遺書を書かなきゃ」ということ。悲観とかそういうのじゃなくて、万が一、億に一、京に一、自分が死んだときのための。パソコンにいかがわしいものとか入ってる人はね、ほら、とくに必要じゃないかな?(ぉとりあえず僕はここのブログとmixiのアドレスと各ログインワードを書いた紙は必須だと思った。それから、火葬場で収骨の際にね、ちょっとショックだった。まあ当然といえば当然だし本当に当たり前なんだけど……あれ、骨壷に遺骨全部入らないんですねぇorz物理的に考えてそりゃそうだ。ってなるんだけど、ちょっとぞっとした。だって一部分しか持って帰れないんですよ。じゃあ他は?ってなって、たとればそれが大好きな人だったりしたら悲しくてしょうがないじゃないかなぁって。(ちなみに残りの遺骨は葬儀会社のほうでちゃんと供養してくださるそうです)なんとなくだけど、僕なら、残った骨をちょこっともらってかえってその骨を飾るとかペンダントにするとか、そういういかにも怪しげで根暗で最高にキモいことをしそうな気がする。(実際にされてる方がいたらすみませんorz)それにしても、骨ってすごい怖かったー。人の形がなくなるだけで、あんなに印象変わるんですね。いるはずの人がいないという現実をあんなに生々しく見せつけられるなんて……はたして僕は耐えられるのだろうか。関係ないけど、のど仏は本当に人の形っていうか仏さんの形してました。人間の神秘ー。火葬の後の葬儀で、父さんが「人間て呆気ないなぁ…」と言っていたのが耳に残っている。彼はなにを見ていたんだろうなぁ。そんなこんなで帰ってきて、非常に眠くて疲れているにも関わらず、ブックオフに本を売りに行ってコンビニでジャンプを立ち読みして帰るっていう日常。よく言われるように、僕が無駄に生きている今日は、もしかしたら誰かが生きたかった今日なんだろうなぁ。でもそんなこと言われても、どうしようもないよねっていう。僕の生は僕のものでしかなくて、譲ったり交換したりできないししたくないし。だから、ごめんね誰か。とにかく、久しぶりに考えた二日間でした。いい加減寝ます。泥のように眠ります。おやすみなさいです。 [0回]