逃げて、逃げて、袋小路 うだうだ感、満載。 けっこう前だけど、ゼミで大迷惑をかけた子に無視されるようになった件に関してだったか「僕だったら無視するくらい嫌いな相手と話したり顔みたりするのは最高に嫌だし、そういう思いをさせたくないから会わないようにしたい」みたいな(だいぶ違ってそうだけどそんな感じ)ことを知り合いの先生に言ったら「なに嫌われ自慢してんの」と言われて目から鱗が落ちた。そうか、これ自慢なんだ。なんか不快な思いをさせたなら先生にも申し訳ないなと思ったのを覚えてる。それ以前にも父さんになにか言われ「そういうの言われると悲しいんだけど」とはっきり自己主張してみたら「お父さんが可哀想やろ」と姉さんに言われ、どうにも理不尽な気持ちになったことがある。自分のことを話さないのはそういう反論にあいたくない、というのが大部分で、これは完全なる逃げであり、また僕の一言によって他人に影響が与えられるのも怖いっていうこれも逃げ。てか塵みたいな僕の発言で誰かが動揺したり悲しんだりなにかを想うとか、ありえることがよくわからないのだけども。上にあげたのはここ2年内のもの(先生に言われたのは半年もたってない)で、昔から感想文みたいに自分の思ったことを直接的な形で表現するのが苦手なことはこれからも変わらないんだろうなと思った。だから「自分のこと話して」と言われて戸惑うんだろうな。なにを話せばいいかわからないし、だいたいにおいて否定されることが前提の発言ならそもそも発する意味が不明。まあ、絶対に否定されることはないっていうのもわかってるけど。ここに書くのは中二病全開で頭の悪い今をメモしておくためと、こんな辺鄙なところに通う人なんて少数も少数だろうと、あとまあ僕がこんな人間だとわかってる人だろうなと。あとはやっぱり発散、なんだろうな。面と向かって主張を否定されるのは、やはりそれが正しいとわかっていても寂しいものがあるのです。弱いと言われても仕方がないのです。だからこそ、予め「大丈夫だよ、嫌いにならないよ」って宣言されると安心するのだろうか。そのうちうっかり口を滑らせて、ほんとに嫌われそうで怖いです。あの人とかあの人とか。まあ、そのときも仕方ないで済まして逃げるのだろうけれど。 [0回]PR