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グッバイ、メリークリスマス!

 赤い帽子を被って、赤い衣装を身に纏い、大きな袋を肩に担いで。
 ――その男はやってきた。

「やあ! 可愛い可愛いマイシスターズ! 元気にしてたかい?!」
 片手を挙げて笑んだ口元で八重歯が輝く。100万ボルトの笑顔を湛えて、兄は暖炉から這い出てきた。暖炉から出るときに身体についた煤を魔法で落とすのを忘れないあたり、この男は抜かりがない。そのくせ顔に煤がついたままなのは、名誉の勲章とでも自称するのだろう。兄が吐き出す言葉が容易に想像できて、私も今年4歳になる妹も突っ込みはしなかったが。
 しかし、である。
 どうしてこの男は毎度毎度登場シーンにこうも無駄に力を使うのだろうか。実家なのだから玄関から入ってくればいいものを。
 けれどそこに突っ込みを入れることすら、生まれたときから兄と一緒にいる私も、もしかしたら兄よりも賢い妹もすでに放棄している。わかりきったことなのだ、この男に何を言っても無駄なことは。
「なに呆けているんだよ。あ、惚けているのか。いやあお兄ちゃん参っちゃうなあそんなに見つめられたらただでさえ男前なのが上がっちゃうじゃないか(笑)」
 暖炉は燃えている。
 室温的にはなんら問題はないはずなのに、なんだろうこのブリザードは。
 (笑)って一体なんだろう。そんなもの文字にできても決して言語として発音できる類のものではないはずなのに、それが伝わってきたのはきっと兄が最近生み出したらしいスペルボードとかいう新らしい魔法だろう。オリジナリティにもバラエティにもそれはそれは満ち溢れた兄の作り出す魔法の賜物だ。孤高の魔法使いと謳われる兄だからこそできる芸当。それは褒めることこそすれ冷ややかな目で見つめることなんてないのだろうが……まったく、能力の無駄遣いもいいところである。
 私が全身赤でコーディネートされた兄から視線を外し、深く短いため息をついたところで妹が私のドレスの裾を引っ張った。
「姉さま、私は夕食の準備をしてきます」
 漆塗りの黒髪を足首まで伸ばしている妹は、今日は綺麗なツインテールを魅せてくれている。飾り好きな母親が出がけにやっていったのだが、幼い妹にはとても似合っていて可愛い。だが、可愛いからといってすべてが許されるほど妹は幼くない。今年の夏に魔術学校の初等部を卒業したばかりの妹には、子供相手の対応をするだけ徒労というものである。
 そんなわけで私は傍らを通り過ぎようとした妹の、ツインテールの一本を引っつかんで動きを止めた。
「待ちなさい妹よ。アレの相手を私に押し付ける気?」
「大丈夫です。姉さまならアレの対応には経験は不足していないはずです。まだよっつという年若い年齢の私には、経験が圧倒的に不足しています」
「妹よ、あなたの場合は経験を知識で補える器量があるはずだわ。ここを撤退すべきは十八年間生きてきたにもかかわらず今だ抗体の出来ない私のはずよ」
「ご謙遜を姉さま。アレと十八年間過ごしてきたにもかかわらずまだ健康体、そして健康的な精神を保っていられる事実こそ姉さまがあの人に対しての抗体を所持しているという紛れもない事実です。だからここは私が……」
「聞いて頂戴我が妹。もし万が一アレの魔法にかかった場合、逃亡が可能なのは私じゃなくて貴女の方よ」
「ご心配は無用です。いくらアレでも兄妹を殺す真似はまさかしないでしょうよ」
「命の保証はあっても身の保証は無いわ」
「その時は私自ら姉さまを助けに参上いたします」
「なら今助けて頂戴」
「それとこれとは話が別です」
 にっこりと笑って、妹は握られた自分の髪をどこからか取り出したハサミでばっさりと切り落としてキッチンへと逃亡を図った。畜生、まさか髪を切るとは。そう思って、私ははっと気付いた。手の中にある一房の黒髪。それが意味する現在の状況。
 すぐさま家中に書き殴った封音魔術を発動させる。
「ああぁぁああああああぁぁぁぁあああぁあああああーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
 今度からは自分にも封音魔術の術式を描いておこうかと思うくらい、その絶叫はすさまじく響き、リビングにあった父親のワイン棚のガラスを揺らした。魔法も使っていないのに、どうしてこんなにでかい声が出せるんだろう、この男は。
「なんだなんだ!一体どうしたことだ?!下の妹には自傷傾向でもあるのかっ?!髪は女の命なんだ、なんだって切り落としたりするんだっ!バチがあたるぞっ人魚なら五億の価値はくだらないぞっなあ一体どうしたんだいマイシスターッッ?!!」
 両手で耳を塞いでいた私にも十分に内容がわかるそれは、当人にとっては酷く悲痛な叫びなのだろうが私から見れば呆れるほど馬鹿げた文句にしか聞こえない。
「おい、お前もちゃんと見てろよっ!もし僕らの可愛い妹が死んだりしたら一体どうするんだ!!」
「心配しなくてもあの子は正常よ。ただかなり大分とても頭の出来と魔力が強いだけ。他はそこらの子と変わりないわ」
「何を言っているんだ!あんな可愛い子がそこらにいてたまるかっ!」
 もはやシスコンというより親馬鹿のような台詞である。
 耳を塞いだときに床にばら撒いてしまった妹の髪の毛を魔法で纏め、兄は悲しそうに(そしてかなり馬鹿みたいに)一房のそれを見つめる。
「……ほんとに気をつけてくれよな?」
 さっきとは打って変わった声色に、私は僅か目を開く。そんな私を振り向いて、兄はニヤリと不適な笑みを浮かべるのだ。
「僕らの妹の力はこんなもんじゃないって、君もよくわかっているだろう?」
「そりゃあ伊達に貴方の妹やってるわけじゃないからね」
「うん。流石だマイシスター」
 くすりと微笑む仕草に、ああなにかあったのだろうか、なんて心配してしまう自分に少しだけ自己嫌悪。何があったかなんて知る由もないけれど、何があったにせよ彼を心配してしまうことは明らかな杞憂、むしろ失礼に当たることだろう。それが可能なのは、きっと私の兄を世界の魔力を総べる者と皮肉った人くらいだ。
「それで? 今日戻ってきたのは何かうちの人を心配してのことかしら? お兄さま。それともたまには実家に顔を出そうという殊勝な心がけ? まさか問題ごとを抱えて帰ってきた、なんて言わないわよね?」
 腕組みひとつ、私は一息で言い切った。
 兄はふるふると首を横に振ることで否定を示し、にへらと非常に気の抜けた顔を晒してくれた。
「まさか。こんな素敵な夜に厄介ごとを抱えたり、家族の顔を見に来ただけで済ますなんてそれこそ兄をしての面目丸つぶれだ。わからないのかい? 今日の僕のこの衣装が見えてる?」
 すでに週刊誌や専業主婦御用達のゴシップ誌、それから時期によっては朝昼夕刊と果ては号外まで配られる新聞に顔写真が載っていることは、兄にとっては面目が丸つぶれになる要因ではないらしい。
「………お兄さまの頭がものすごくハッピーだということはわかるわ」
「そうかい! そりゃあ良かった。もしかして君が色盲になっていたらどうしようかと思ったよ!(^▽^)」
 だから(^▽^)なんて言語は存在しないはずなんだって……。一体誰だ、この男に顔文字なんて厄介なものを教えた奴は。
 思わず頭を抱える私に、兄は無意識にか故意にか(おそらく後者だろうが)不思議そうに首を傾げてみせた。
「まあいいや。なにはともかく今日はホワイトなクリスマスだろう。どこぞの女がいつのまにか孕んだ赤子を馬小屋なんて不衛生極まりない場所に産み落とした神聖な日じゃないか!」
 聖母と預言者を捕まえてなんて言い草だろう。私は頬が引き攣るのを押さえきれずに、無様な表情を兄に晒すこととなった。兄の発言には神聖さの欠片もありはしないが、この男が他人の記念日を祝うなんて至極貴重なことなので、私はあえて突っ込まずに放置することにした。触らぬ神に崇りなし。不穏な発言に突っ込みなし。蛇足だがその神聖な話にホワイトは微塵も関係が無い。
「……それで、その神聖な日に兄さまは一体どうして帰って来たのですか?」
 下方から聞こえた声に視線を下げれば、すっかり髪の毛が元通りになっている妹がシャンペンを運んできたところだった。呆れ半分関心半分に兄を見つめている。
「よくぞ訊いてくれたリトルシスター!」
 途端花が咲く兄の表情に、私も妹も苦笑するしかない。どんなに誉め崇められようとも、彼がひとりの人間なんだと改めて思い知るのはこんな時だ。
「僕はこの日のために色々と準備をしてきたんだ。今年はリトルシスター、君が魔術学校を卒業した年でもある!そして我がリトルじゃないマイシスターも無事に魔法学校へ進学したとても良い年である!」
 リトルじゃない、は余計である!
「だから、こんなにも賢い妹を持った僕としては二人の門出を盛大に祝いたいと思う。勉学に励み、青春を謳歌し、そして素晴らしい大人へと旅立っていって欲しいと思う!!」
「高説はご遠慮願います兄さま。とっと用件を言いやがってください」
 妹がスパッとザクッと兄を斬った。ダメージとしては五段重ねのウエディングケーキを一人で食べきるという罰ゲームを宣告されたときのようなものだろうか。
「うふふ…ちょっと会わない間に妹は大人になるもんだな。お兄ちゃん哀しいよ……(TдT)」
「私はまだ四歳です。大人といえる年齢ではありません。ついでに言わしてもらえばカッコ泣き、という顔文字も通常、言語として使用されていないのであしからず」
 妹は存外兄に対して冷たいところがある。付き合っていられないとばかりに突き放すその所業は、妹に大変好かれている自覚のある私でもちょっと引いてしまうくらい冷酷だ。少しばかり、兄の悪業を話し過ぎただろうか。
 しかし兄もここで倒れるような兄ではない。心に負ったダメージを脳内変換でツンデレ、という四文字のカタカナに置き換えることが出来る優秀な脳みその持ち主だ。
「……まあ久しぶりの再会だ、照れるのは無理もないだろう」
 照れてない、と言おうとする妹を手で制して、私は首を振る。このまま言い合っていたら埒が明かない。
 妹は不服そうだったが、素直に従ってくれた。私は妹の頭を撫でて、兄に向き直った。
「話を戻しましょ。兄さん、その袋はなに?」
「よくぞ聞いてくれた妹よ!」
 晴れやかな笑顔だ。今まで散々聴いてほしいオーラを出していたために、その喜びは一押しだろう。
「この袋のなかはまさにプレゼンッッツ! さっきも言ったけれど今年は二人の妹の進学の祝いも込めて良い物を持ってきたんだよ」
 …………嫌な予感がする。
 確信にも似た、とんでもなく嫌な予感。
「まずひとつめ! これは親愛なるレディシスターにブットワール国の秘宝、”戦女神の仮面”!! 部屋に飾れば魔力増幅間違いなし!」
 ――数日前、国宝展覧会でみた品だった。
「続いてふたつめ! これは親愛なるリトルシスターにリトルマーメイドの雫、”ティアーオパール”!! 身に着けていれば厄災をことごとくなぎ払う!」
「……あれ、教科書に載ってました。…いまは見ることは出来ないマーメイドの守護石だって……」
 呟く妹の目は遠い。もしかしたらその視線は宇宙にまで投げられてるんじゃないだろうか。
「そしてみっつめ!! コイツはすごいぞ、我が国王の秘蔵の秘宝! その昔神々の王が戦に使っていたと言われる宝剣、"ディメッタの殺戮"!! まあ見た目は若干あれだけど、インテリアには持って来いだろ。国守の魔法もかかってるし」
 ……どう考えても、宝剣が無くなった事がわかれば国は崩壊する。
「どうだ、すごいだろう?」
 目を輝かせて自信たっぷりに胸を張る兄に、私と妹は胃薬と頭痛薬の場所を確認しあった。
「あれ。どうした、もっと喜んでいいんだぞ?」
「兄さん、それって秘宝とか国宝とかばっかりよね?」
「うん。だってその方が魔法の効果強いだろう?」
「兄さま、それらの宝飾類は黙って持ってきたのですか?」
「うん。だって言ってもくれなかったし?」
 すう、と息を吸い込んだのは妹と同時だった。
「返してこい!!」
 まんま異口同音に叫んだ言葉に、兄はニヤリと屈託のない笑みを浮かべた。
 その確信犯であるなによりの証拠に、私は妹と顔を見合わせて笑った。
 実に兄らしい。
 笑うしか、なかった。


fin

*******
長っっ!!
すんません、これホームページの短編に載っけようか迷ったのですが、なんかもうあえてこっちに載せてるほうがらしい気もしないでもない。
クリスマス当日に書けなかったもので、ついつい。

なんというか予想外に長くなってしまったので、今日のことはページを変えて書きたいと思います。

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