何を考えていいのか、何を考えているのか、もはや考えることをしているのかさえ不明で。 「嘘だね」 アガサに言った。「フィ」 呪文を唱えると、アガサの指先にちいさなオレンジ色の炎が煌めいた。宙にふわふわと漂うロウソクの先程度の炎は、すでに体育館の中を薄明るいまで照らし出していた。 この空間において蛍のように群れをなしては分かれ離れていく、オレンジ色の光。「エオ」 僕が唱えると、空中に現れる緑色のちいさな炎。僕がこの場にやってきてから、不定時間に出現するそれは、アガサの吐く嘘の数と同じだけ。「粘るね」 くすりと笑うアガサはだだっ広い体育館のほぼ中心に。 いつもの癖で唇をとがらせてしまう僕は壇上の上に。「アガサの扱いには慣れたつもりだから」 そう言って僕は肩をすくめ、アガサは呪文を唱える。フィ。オレンジ色で、また少し、体育館に暖がともる。 それでもまだ、寒い。「ヨーマって本当に世話好きだね。そういうとこ好きだな」「エオ」 緑色の明かりが、ひとつ。 アガサは苦笑して寝転がった。壇上についた僕の手はその冷たさを吸収して冷えつつある。ひんやりととは言えない温度に、アガサが風邪をひいてしまわないか少し心配になった。「嘘つきだよ、アガサは」「嘘つきだよ」 アガサは肯定する。 僕はそれが真実か嘘か見抜くのに、随分と時間がかかったものだ。少なくともアガサと過ごした時間の四分の三は無駄にしたように思う。アガサの理解に費やした時間は残りの四分の一しかなくて、だから結局アガサを理解して共に過ごした時間はほぼ無いと言ってもいいのだ。「フィ」オレンジの明かりがともる。アガサは冷えた体育館の中心で、ファー付きのダウンジャケットとジーンズで作られた繭にこもっている。「……でてこいよな、いい加減」 ぼそりと愚痴ってみても、当然アガサに届くはずは無い。言葉というものは、受け取り手が居て初めて成り立つ記号だ。声がでないと呪文が唱えられないのと同じ原理。空気を振動させてやっと魔法は発動する。「……青臭いことを言ってもいいですか」 体育館の中心で、アガサは言った。はっきりと、普通の声で。それなのにアガサの声は実直に僕の元へとやってくる。静かな空間では、声を演じなければすべてを悟られてしまうから怖い。 僕ははっきと普通の声で応えた。「どうぞ」「最近やけに自殺がブームと化していますが、果てさて、死んだ少年少女に称賛の声が送られないのは一体どうしてなのでしょう。彼らは精一杯の、それこそ死ぬほどの勇気と強さでもって自らを殺すという大罪にして最善の方法を選択したのにも関わらず、生者の悔恨や反省や嘆きの定型文を浴びせられなければならないのは一体どうしてなのでしょうか。死ぬことを選択してそれを実行した人間が、どうして責められなければならなのでしょうか」 アガサはぽつりぽつりという風でなく、ゆっくりゆっくりという風でなく、ひどく刹那的なこの場に相応しく、無表情に無感動に一切の迷い無く、効果音で喩えるならだーっと文字を連ねるかのようにそう言った。「どうして、死んだ人間は非難されるのでしょうか」 語尾を上げてくれなければ、訊ねられているのかただの独り言なのか判断がつきにくい。僕はしばらく黙っていることにした。こちらから何の反応も起こさなければ、アガサからリアクションを起こしてくれる。アガサは寂しがり屋だから。「……フィ」 オレンジ色の炎が宙を舞った。くるくると旋回して、無数の明かりの群れに溶け込む。生まれたばかりの光は、数時間前から存在しているであろうそれらと一寸も違いも無く、微小の差異も無く、全く同じで区別が付かない。「ヨーマは自殺しようとか思わないの?」 語尾が上がった。 僕は答える。「死んで何が変わるわけでもないし、むしろ僕は死ぬくらいなら生き続けたいと思うよ。僕は世界の進化に興味があるからね」「でも世界の進化にヨーマが直接関わるわけじゃないでしょうに。進化し続けるものは関わらなければ進化しているとは感じないものだよ。それでもいいの。わからない進化なんて、気付かない変化なんて、それって結局何も変わらないのと同じことでしょう」 アガサは語尾を上げない。 僕は否定する。「そうかな。季節が移り変わるように世界が進化して変化すればそれはきっと目に見える形で存在するはずさ。見えるということは知れるということ。知れるということは感じるということ。感じたものに影響を受けて僕も変わるよ。そもそも気付かない進化はあったとしても、僕は変化に気付かないほど鈍感じゃないと自負しているからね。僕は変化することは即ち世界の進化に気付くことさ」「随分と傲慢でナルシズムな考え方をするね。まるで自分のために世界が回っているて言ってるみたいに聞こえるよ」「人間てのは所詮主観で生きてるんだ。その人の世界の中心がその人で何が悪いって言うんだよ」「傲慢だよ。ナルシズムというよりもエゴイズムだね。ヨーマは人間が、ひいては自分が世界で一番えらいって思ってるでしょう?」「うん、そうだね」 僕はアガサの極論に頭を振って肯定した。駄目だ、埒が明かない。きっとヨーマは僕がいま言ったのと正反対のことを言っても反論したことだろう。「アガサはずるいよ」「うん、そうだね」 とても穏やかな声でアガサは応えた。「ずるいよ。うん、とてもずるい。とても卑怯で、それ故に正直者なのさ。ヨーマ、それは君が誰よりも知ってるはずでしょう。それなのに改めて言葉にする、それは確認? それとも事後承諾? もしかしてサブリミナル効果?」「エオ」 僕は唱えた。 アガサは笑った。 緑色の光はアガサの元へと辿り着き、灰色のファーをわずかに焦がして天井へと逃げた。それに対して、アガサは何も言わなかった。「ヨーマ、聞いて。随分と青臭くて幼稚で、戯言みたいな世迷いごとだけど、でも聞いて」 僕は呪文を唱えた。フィ。オレンジ色の炎が指先に出現する。また唱える。フィ。オレンジ色の光が、右肩近くに姿を現す。更に唱える。フィ。オレンジ色の微かな熱が、僕の額を照らした。「あのね、実はね、死んでもいいと思ってるんだ。いや違うな。むしろ死にたいと思っているんだ。だって考えるのはひどく面倒で、億劫で、無意味じゃない。思想を人に伝えてなにが面白いのかさっぱりわからないよ。それって自ら情報漏洩してるようなものだしさ。君にこうやって言葉を述べることさえも、考えようによっては苦痛でしかない。いや悲痛かな。どちらかといえば悲哀かもしれない。まあなんだっていいや。とにかく嫌なんだ。なんだかすべてが億劫で面倒だよ。何をしたら良いかも、何をしたいかも全然分からない。自分のことなのに可笑しいね。でも本当に分からないんだよ、分かりたくも無いんだ、考えたくも無いよ。ねえヨーマ、どうか殺してくれない?」「エオ、フィ、エオ」 僕は呪文を唱える。 オレンジ色の小さな炎は僕を取り囲み、緑色の小さな炎はオレンジを際立たせた。もはや数えていないオレンジの光を、いくつかの緑の光を、僕は身体から数センチ離れた宙に浮かばせたまま、壇上を下りた。「知ってる? 君のこと、大嫌いだからこうやって何でも言えるんだよ」 エオ。エオ。 緑色の炎がふたつ増える。体育館の中心に向かって歩いていく。「もう嫌だよ。死ぬよ。そうさ、死んでやる。そうしたら褒めて欲しいな。よく頑張ったなって声援を送って欲しい」 緑が、もうひとつ。 体育館の中心、灰色ファーのついたジャケットとジーンズの繭まであと少し。「ねえ、ヨーマ、なんだか寒くない?」「これだけ暖があるのに?」「これだけ暖があるから、だよ」 僕はアガサに手を伸ばし、その手を一瞥しただけのアガサに笑いかけた。「寒い?」「寒いよ」「どこが?」「全部」「どうして?」「さあね」「わからないのか?」「分からないね」「どうして泣いているの?」「…分からないね」 僕はアガサの傍に座り込んで涙を拭ってやった。くすぐったそうな顔をするアガサは、それでも涙を止めようとはしない。否、止めかたを知らないだけかもしれない。「本当に」「嘘。泣いてるのは、ヨーマが優しいからだよ」「――エオ」 緑色の光がふわりと舞って灰色のファーを焦がした。 アガサはちぇ、と小さく呟いて身体を起こした。 そうして、「ダイ オート ソフェインディ」 何気なく、普通に紡ぎだされたその呪文は一瞬にして僕の周りにあった小さな炎を離散させた。ばらばらに、散り散りに、オレンジと緑の光は僕らから離れていく。温かさが遠のくのをアガサは凍ったような無表情で眺めている。 僕は名前を呼ぶ。「アガサ」 少しの間を置いて、視線を外すのを名残惜しむかのようにゆっくりとアガサがこちらを向いた。「なに」「ソルトゥ オート フィンサィテァ」 呪文を唱える。 魔法は空気を震わせなきゃ発動しない。空気が変わらなきゃ進化しない。 けれど。「…………ヨーマはさ、」 オレンジと緑の光は集合して体育館の天井へ登った。僕の視線は頭上にあり、けれどアガサの声はしっかりと聞いているつもりだった。「トスィ」 パアン、と音もなく光は破裂して分散して、粉雪のようにゆっくりと降ってきた。蛍のようで暖かく消えはしない火傷もしないちいさな炎。 さらりさらりと頭上を舞うオレンジ色と緑色の光の粉に、見ればアガサは見惚れていた。見入っていた。動きを止めて、瞬きもせずに。「なんだよ」 僕は尋ねた。「僕は、なんだって?」 アガサは、僕を見ていった。「さあ」 首を傾げるアガサに降り注ぐ緑色の炎は、そのままその数だけアガサの嘘の数だ。「忘れちゃったよ」 覗き込んだアガサの瞳には、緑色の粉雪に似た小さな炎がきらきらと、一面降り注いでいた。「嘘だね」 アガサに言った。 fin**********長!(ぇ今晩は。もう三時って何だよでも書きたいんだコンチクショー!という心境の翼です。今朝は9時に起きたのですが、朝父さんに起こされたとき、寝ぼけていた僕は何を思ったのは「今日は学校は3時からだよ」と言ったらしいです。んなわけあるかー!!ヽ(#`д´)ノちゃぶ台バーン。一体夢の中の僕になにがあったんだろう・・・。そんなこんなで今日のお昼はミスドでした。行ったらちょうどお店にあるビラに「15日よりドーナツ100円」の文字が踊っていました。ミスドの経営戦略に踊らさせる前に、無駄なステップを踏んでしまったようです。ああ、でも西尾維新の小説の零崎シリーズという本を友達が買っていたのですが、あれいいですね。おまけがついてるのが面白い。高いけどファンは買っちゃうなぁ。学校が終わってから四条へベースを見に行きました。ああ、でもこれについてはちょっと僕自身考えがたらなかったり色々あるのです。もうなんというか、今回のバンドになって僕はベースを担当することになったのですが、もう成り行きというか流れ出ベースになってしまって、正直そんなにベースに興味があるわけでもないんですね。本当に勢いでベース買っちゃうという感じだったのです。それを朝の時点で姉さんに話したところ、「あんたは考えが足りない!」と指摘を受けまして。続けていく気がないなら楽器を買ってもどうせ埃かぶることになるんなら、それは楽器に対して失礼だとか。高い買いもんやのにバイトもやめるしこの先どうするんや。2万円のバック買うんとはわけが違うねんでとか。まあいろいろと正論をぶちかまされたわけで。でも姉さんはきっと僕のことを心配していってくれてるわけでして。だから僕はあまりにも今まで考えの無さを改めて実感したんですよね。でもなんだかもう僕はベース担当でって話が進みつつあるしなぁ。今更友達との話に割り込むのも気が引けたりするのです。うぅ、困った。一番悪いのは、意志薄弱かつ優柔不断な僕の「どうしてもコレがやりたい!」という希望がないことなんでしょねぇ。流れるまま生きてきたからなぁ。うーん、困った。結局ベースは買わないままに帰ったのですが、それからも姉さんに色々諭されまして、自分でも理由不明なままに涙流したりしちゃったりして。なんだか改めて自分のやりたいことがわからなくなってきて困ったなぁ。とりあえず、一緒に四条に行った友達のカップルがいちゃついてるのを見て、愛って良いものだなぁと実感しました。うん、ラブイズオール。愛こそすべてだ。気弱に死にたくなってきた。うぅ。でも一度失敗してる(自殺、じゃあないけど)身だしなぁ。ああ、もう嫌だよ。 [0回]PR