偶像のキューブ ――これが神だよ。 私は彼の手の中にあるもを見て首を傾げた。彼が持っているのは何の変哲もない四角形の物体だ。しかし彼はそれを神だと言った。私には到底それが神には見えなかった。 だって神を模ったものならもっとこう……人の形をしているものだと思う。「それは偶像崇拝というものでは?」「偶像を崇拝してどうなるの? そこに神はいないでしょう?」 私の言葉に彼は首を傾げた。白いローブの裾がほつれている。 彼は両手の上にのせた四角いキューブを太陽に翳してみせる。硬質な輝きを放ち、その四角い物体はキラリと光った。そしてす、と彼の手から離れる。 しかし、四角い物体は地面へ落下することはなく、不思議なことに宙に浮かんでいた。「な……なに?」 カチ、カチ、カチ、カチ。 音を立ててそれが回転する。「神の出現、て言ったら?」「え?」 カチ、カチ、カチカチ、カチカチ、カチカチカチカチカチ……。 徐々に速度を増す音の出現と物体の回転。見つめているとだんだんと太陽の光を吸収してそれ自体が光だした。放出される光の渦に目が開けていられなくなる。「な、なに?!」 どうすることもできず光に飲み込まれそうになったそのとき――コトリ、と音がしてその四角い物体は地面へと落ちた。「…………」「…………」「……落ちたわよ」「……そうですね」 彼は地面に落ちた四角い物体へとちかづき、それを拾う。「まあ、言ってみただけですよ」「口先かい」 私の突っ込みに彼は口角を持ち上げるだけの不器用な笑みを作った。「偶像は偶像として成り立っているならばそれを崇拝する人はそれで満足するでしょう。でも僕らはそうじゃない。僕らが崇拝しているこれは偶像じゃないんです」「どういう意味?」「これは、偶像じゃないんですよ」「え?」「これは、本物です。このキューブは偶像なんかじゃないんです。これが僕らの神様なんですよ」 彼の手に載せられた四角い物体。光を失ったそれはいまは沈黙を守り、なんの音もしない。硬質な表面に硬質の鈍い光を反射するだけだ。「これはそれだけの意味を持ったキューブ。偶像なんかでは決してありません」 そう言って手の甲でこつ、と物体を叩く。 物体はたったそれだけの衝撃でひどく振動し、同時に空気をも震わせる。振動は地面へと伝わり、また音は空気を伝い私の耳へと届く。「偶像であればいいのに」 私はポツリと漏らした。 だってそうすれば、彼はここにいなくていい筈だ。 私がここにきたそのずっとずっと前から彼はここでこうやって四角い物体を持っている。守っている、と言い直したほうがいいか。とにかく彼はずっとここでこうしている。私が生まれる遥か前、そしてずっとこれからも。 白いローブが汚れて黒にかわっても。 きっと、ずっと。「神が偶像であるとするなら」 彼はまた不器用に笑う。「それは僕自身でしょう」「貴方がそのキューブの偶像?」「偶像はだって、人の形をしているものではありませんか? 人は自分たちと同じ姿を求める。安心するのでしょう、神は自分たちと同じなのだと知って、安堵するのです。異なったものではないと。自分たちと同じだと」「…………」「人々は神をなんだと思っているのでしょうね。僕のこの両手に収まるだけのちいさなキューブを、人はなんだと思うのでしょうね」 彼は手の中のキューブを見下ろしてひどく優しげに微笑んだ。 私はその顔を見て胸が痛んだ。彼のその微笑みが表すものがこの場所にはないからだ。 だって私走っている。彼の持つそのキューブそのものが偶像にすぎないということを。 なぜなら他のなにものでもない、私自身が神だからだ。fin-------------最高によくわからないものができた。 [0回]PR